団体力 - うえの
2018/03/14 (Wed) 23:12:09
準備不足なのは重々承知してるけど、それを言い訳にしないように。
こういうときほど自分の良い癖悪い癖が出やすいと思うから大事に試合をしていこう。
負けてもいい勝負はないと思うから、しっかり勝ちに行こう。
部員の輪を前に僕はそんなことを言った。

朝早くにも関わらず、ここ栃木県の自治医科大学には関東圏を中心に、北は東北大学、南は浜松医科大学まで多くの医療系大学生が集結していた。
今日は医療系大学剣道大会。2018年の門出となる大会である。

「じゃあ、みんなに渡す物があります」
試合前、先述した話の結びに僕は手に持っていた袋から、ビニールに梱包された新品の手ぬぐいを取り出し、部員に手渡した。
それを見た部員から「おぉ」と声が上がる。
その手ぬぐいは紺地で、中央には濃いピンク色の日大医のマークが描かれていた。左端には同色で”日本大学医学部剣道部”の文字。
監督の先生に協力して頂き、完成したチーム共通の手ぬぐいだ。
手ぬぐいにプリントされた学校名の筆文字は田中先輩が執筆したもので、本人も「自分の文字が手ぬぐいになるなんてなぁ」と感慨深そうに呟いていた。
部員に手ぬぐいが行き亘ったのを確認し、僕は続けた。
「今日はこいつに勝ち運を付けられるように頑張ろうな」
部員からは威勢のいい返事が返ってきた。

この日は部員が8人集まったため、AチームとBチームに分けて出場することができた。
もっとも、Bチームは3人しかおらず、先鋒は女子の甲田だったので苦戦を強いられる状況にはなってしまったのだが。それでも「私が出れば2チームになって、全員が試合に出られるなら」と出場を快諾してくれた甲田には感謝している。
Bチームの試合は1試合目だったので、部員全員で応援に駆け付けた。
Bチームの初戦は東北大学Bチーム。

先鋒の甲田は最近男子部員と試合をしても引き分けられるほどにはなってきていたのであわよくばと思っていたが、結果、2本負を喫してしまった。
ちなみに彼女は、その後の個人戦で3回戦まで進出するなど奮闘した。
OFF明け最初の稽古、最初の切り返しの僕の相手が彼女だったのだが、初めの大きな面打ちを受けた瞬間に昨年よりもレベルが上がっていたのを感じた。
「やってたの?」と聞くと地元の道場でひたすら面打ちを繰り返していたという。
個人戦でも面を立て続けに決めていた。今まで大会で甲田の面に旗が上がったことは1度もなかったのに、やはり稽古は嘘をつかないのだなと感じた。

この日中堅に据えていた中尾だが、僕は個人的に彼に期待していた。というのも、金曜日に試合稽古をした際、僕は返し胴を彼に打とうと、彼の面のスピードを予測して胴を打ったのだが、彼の面の方が先に当たってしまった。基本打ちの時から、面打ちの時の無駄な動作が以前よりも減り、面が速くなっていたようには感じていたが、試合稽古でもその通りに打てていたので、これは対外戦でも決まるのではないかと思っていた。
この日も粗削りながらよく動けていたと思う。初太刀で相手に面を取られたがそのとき中尾が放った籠手も惜しかったと思う。中盤、相手の居付いた場面で面を決め、結果的に引き分けとなった。東医体でも秋関でも補欠枠に甘んじていた彼だったが、彼は分析力が高く、潜在能力も優れていると僕は思っているので、今年はポイントゲッターになってくれたらと期待している。

大将の谷も引き分けだった。課題を持って稽古に取り組んできたが、まだ自分の武器として使いこなせていない感があった。また、後手に回ってしまって損をしていた場面も幾度かあったように思う。スナップの強さや綺麗な剣道をするという点で、彼はうちの部員の大半が持っていないものを持っているので、今年は中軸を任せられるくらいに成長してくれたらと願っている。

そんなわけでBは1回戦敗退となってしまった。
だが、試合後のミーティングでは各々が自分を客観的に捉え、的確に自己分析できていたので、今後の稽古にも活きてくるような、良い試合だったと思う。


Aチームの試合が差し迫ってきた。
全体としての戦い方や個人個人に伝えたいことは既にある程度伝えることができた。
「そろそろ先鋒次鋒面つけお願いします」
「おう」「わかりました」
そんなやり取りをした後、そういえば試合前に面を付けないなんて久しぶりだなぁとしみじみ思う。
大学に入ってからは先鋒や次鋒での出場が主だった。
高校時代は初心者だからと副将に置かれたり、捨てとして大将に置かれたりだった。
そんなわけで、僕はこの日、人生で初となる中堅での出場だった。
中堅というポジションに自らを据えるにあたって、あらゆる中堅の経験者に連絡を取って教えを乞うた。その中で、僕がなるほどなぁと思ったものを紹介したい。

“中堅とは前3人の大将であり、後ろ3人の先鋒である”
というものだった。
前が勝ってくればその流れで戦い、前が負けてくれば流れを切る必要がある。
この認識が僕の中では一番腑に落ちた言葉だった。


「前へ」
5人が前へ進む。審判の令で礼をして下がり、全員で気合を入れ、拳を突き合わせる。視界に面金が入らないだけで、いつもの光景がこうも違って見えるんだったな、と思った。
先鋒にはこの日田中先輩を起用させてもらった。
先手必勝型で、次鋒の安孫子に繋ぎ、間2人の少なくともどちらかが勝ち、粘り強い魚本に粘ってもらう。そんな理想に思いを寄せたオーダーだった。

田中先輩は多忙で試合前の稽古に1回も参加できず、およおそ2か月ぶりの剣道となってしまったが、それでも部内では最も勝算があると見込んでいた。現に、さすがに万全の状態とまでは言えないながらもしっかりと返し胴を取り1本勝ちを決めてきた。

「安孫子、次鋒に置いた意味わかるな?」
「確実に勝ってこいってことですよね」
試合前に安孫子とはこんなやり取りをした。
彼とは枠の関係上公式戦で共に戦うのは初めてだったので、とても楽しみだった。
彼にも今日という日を楽しんでほしい。そして彼のタイプからして最も力が発揮されるのが次鋒だと思った。
試合序盤、チームの劣勢を断ち切ろうと果敢に攻めてくる相手をうまく引き出し、出籠手を決めた。日大医にこの試合勝てるのではという雰囲気が流れ始める。
だが、相手は昨年東医体3位の昭和大学。Bチームとはいえ多学部が混同した強者揃いのチームが、そんなにすんなり勝たせてくれるはずもなかった。
相手は安孫子のタイプを的確に読み切り、後半は必要に安孫子の弱点をついてきていた。やがて上がったのは昭和の旗だった。
それでもなんとか逃げ切り、引き分けとなった。

本数的に1本リードで僕の試合になった。
相手は東医体個人ベスト16の選手だった。恐らくチームでもポイントゲッターとされているはずだ。すなわち、チームが劣勢の状況ならば多少の危険を冒してでも取りに来るだろう。そんなことを考えながら試合場に入った。
2月に東医の人と試合をしたとき、初太刀で面が来るとわかっていたのに、面に合わせて籠手を打とうとして面を取られてしまった。あの試合はものの2,3秒で終わってしまい、今でも脳裏に焼き付いている。
もう二の舞になってはならない。捉えるべきは後の先。合わせるのではなく、引き出さなければならない。
「はじめ!」
主審の声とともに、相手に中心を取らせながら一歩前に詰めた。
「籠手あり」
白―日大医の旗が上がった。
狙い通りではあったものの、自分が想定していたよりも差し込まれた形になってしまい、間一髪だった。この相手、速い。まだ時間はほぼほぼ3分残っている。間合いには細心の注意を払わなければならないなと感じた。
以降はなるべく近間に入らぬよう、遠間から仕掛け、近間に入ったらつばぜりに持ち込む試合運びをした。
逃げ切れるものなら逃げようと思っていたのだが、その間2度3度、旗は上がらなかったものの危うい場面があった。試合はまだ中盤。逃げ切り作戦は無理かもしれない。となれば、取られる前に取るしかないと思った。
この冬出稽古してきた中で、成功率の高かった技を数種類打つも、なかなか決まらない。
2分を過ぎたころ、相手が籠手のモーションに入ろうとしているのがわかった。ここを逃すわけにはいかない。僕は竹刀を返して面を打った。
「面あり」
少し軽かったので心配したが、なんとか1本にすることができた。

これでチームは2勝。
副将の篠﨑は団体戦で昨年最多勝だったので、正直言って僕は勝利を確信していた。
だが上がったのは赤旗3本。
秋に慶應と試合をしたときも、似たような状況だった。篠﨑が勝てば、という状況で相手に先手を取られた。それでもそのときは篠﨑が勝利を収めたし、僕もそのときは篠﨑ならここから跳ね返せるだろうと思っていた。
しかし今回に関して僕は、というより篠﨑も含めた5人全員が感じたのではないか。
何かがおかしい。
取られ方もあまりよくないし、篠﨑に普段あふれている余裕もなかった。
胸騒ぎがした。大将で面を付けて立っていた魚本と戦い方についての話を終え、座った時だった。先程のリプレイのような光景がそこには広がっていた。

魚本が引き分けで勝利、という状況で迎えた大将戦。相手は四段の選手だった。
立ち合いから籠手面、面、面、逆胴。鋭い打ちを烈火のごとく打ち込んできた。魚本も以前のような棒立ちはなくなり、相打ちにはなるものの差し込まれ気味だった。開始1分ほどだろうか。魚本の面に対し相手は逆胴を放ち、乾いた音が轟いた。
「魚本粘れ!」「守るよ守るよ」
部員の声量も増す。まだ1本負なら代表戦に持ち込める。
相手はその後も面に対して逆胴を再三再四打ってきた。心臓に悪い。後ろでカメラを回していた甲田が言った。
そういえば2年の東医体の時も、魚本が引き分ければ勝ち、というときがあった。そのときは注文通り魚本が逃げ切り、チームは勝利を収めた。
あの時のような戦いをもう一度。僕にはもうそれを祈ることしかできなかった。

そろそろじゃないか。そんな声が仲間から漏れ始めたとき、ホイッスルが鳴った。
そのときである。合面で相手の面が決まったように見えた。
ヤバい。
まだ審判が止めをかけていなかったら…そう思い主審を見た
主審は頭上に両手を掲げていた。
安堵が広がる。よくやったぞ。そう思ったが、すぐに安堵は消え去った。
勝負は代表選にもつれ込んだのである。

「どうしますか?」
5人が自然発生的に輪になる。
田中先輩とまず目が合った。今までであればまず満場一致で田中先輩が選出されただろう。
その田中先輩が口を開いた。
「お前行く?」
どこかでその言葉を待っていたのかもしれない。
「主将」
安孫子と、篠﨑と、目が合う。
僕は心を決めた。
「俺行ってもいいですか?」
自惚れではなく、使命感をもってして口を突いて出た言葉だった。
「俺も竜治がいいと思う」
魚本が含み笑いを浮かべて言った。

まさか自分が代表戦に出る日が来るとは思わなかったな。
面を付けながらそんなことを考えていた。
「日大、上野選手」
後ろから審判員の声が聞こえる。
昭和の選手の名前も読み上げられた。
相手は篠﨑に2本勝ちした相手だった。実は、秋の団体戦では谷に2本勝ちしていた選手でもあった。
高校2年の時、補欠だった僕は欠員が出たため大将として団体戦に出場した。
僕が1本負以内なら勝ち、2本負で代表戦という試合だったのだが、僕は痛恨の2本負を喫してしまった。
代表戦には当時の主将が出場した。ごめん。頼む。ほんとごめん。なんとかしてくれ。
ずっとそんなことばかり考えながら試合を見守っていた。
結果、その試合で主将は勝利を収め、チームも勝利した。
頼もしい限りだった。あの時主将が負けていたら、あの試合は僕の中にもっと黒い塊となって残り続けていたように思う。
面を付け終える。
本調子ではないながらも打てる技を確実に決めて勝利した田中先輩。
始めて団体で共に戦うことができ、1本取ってきた安孫子。
恐らくあの時の僕と近い境遇にあるであろう篠﨑。
粘りに徹しなんとか四段相手に持ちこたえた魚本。
全員と拳を突き合わせた。

試合場に立つのは僕一人だが、戦うのは僕一人ではない。
それぞれの思いがこの試合場でぶつかることになる。
僕がやることは、その思いを形にすることだ。


先程より大きな拍手の中、試合が始まった。
初太刀で出籠手を放った。外したか…。でも惜しかった。聞きなじみのある歓声が大きく上がる。
代表戦は取ったら終わり、取られたら終わりの状況である。迂闊にリスクの大きな技は打ってこないだろう。
初太刀を外した以上、長い試合になるかもしれない。
いつものように闇雲に打っていったのでは体力が持たないだろう。時間を多少かけてでも、相手を観察して隙を探る必要があった。
表裏上下、手を使い足を使い、返されにくい技を打って相手の動きを見る。相手もそれは同様だったようで、均衡した試合が続く。
つばぜりから下がりきるところが隙と感じ、下がり際に竹刀を巻き落として面を打った。これも惜しい。ただ、これは決まらなそうなので攻め口を変えよう。
ただ、これを打ったことでさっきより相手の攻めが少し弱まった。ここで畳みかけなければ、と思った。
幾つか技を出した中で、遠間からの面が最も惜しかった。割ってはいたのだが、力んでしまい面布団を捉えることはできなかった。この技は後々使えるかもしれないな。
そんなことを思ってあまり考えなしに籠手を打ったら、それが相手の籠手筒に当たった。
お、これは来たんじゃないか?そのときはそう思った。
だが、適当に打った技が意外と惜しかったこと、気のゆるみがあったことからか、打ち終わった後の作りが遅くなってしまった。ワンテンポ遅れた上で対峙した相手はもう目の前に迫っていた。
面を打ちに出るも、やはり出遅れた。完全に相手に面を割られた。昭和から歓声が上がる。
だが旗は上がらなかった。本当に危なかった。
次惜しい打ちがあったら恐らく相手の旗は上がるだろう。もう勝負をかける頃合いかもしれない。
「上野くんはまっすぐは攻めてこないけど、時にはまっすぐなのも必要だと思うよ」
この冬、出稽古先で他校の先輩に言われたことだった。
ここまでの試合で、僕はほとんどの打ちを崩したりフェイントをかけたり横から攻めたりして打っていた。今こそそれが必要な場面だった。
僕は中盤惜しかった遠間からの飛び込み面を再度放った。

こんな歓声を受けるものなんだな。まずはそれを一番に思った。やはり戦っていたのは1人ではなかった。
結果として勝ったのは僕だが、僕を勝たせたのは彼らだった。日大医は個人個人の力というより、こうした団体力で勝負をするチームなんだと改めて思った。
続いて今度こそ安堵感を感じた。全身の力が抜ける。
礼をして下がると、4人の笑顔に迎えられ、肩を叩かれる。
「よかったぁ………」
真っ先に口を出たのはそんな言葉だった。

団体の礼を済ませ、試合場を後にすると、Bチームの3人や他校の友人知人にも迎えられた。
そこにきてようやく、心の中に喜びが滲み始めた。「え、日大勝ったの?」そんな声を遠方から聞いた。
普段は人を誉めないような部員からもねぎらいの言葉をかけられた。
「かっこよかったよ」
頬が自然と緩むのを感じた。


結果、日大医が勝てたのはこの試合のみであった。
2回戦でこの大会で優勝することになる東北大学Aチームと戦った。
みんな初戦より良い試合をしたと思う。結果、チームとしてあと1本取られていなければ、のレベルだった。
部員の調子を鑑みてオーダーを変えて臨んだが、自分が3つ目の敗戦を刻んでしまった。
自分の勝ちパターンともいえる試合運びをしていたのに負けてしまい、相手の技量の高さを実感したが、一方でパターンの見直しの必要性も感じた。
足の運びを中心にまだまだ矯正すべき点が多くあることも痛感した。

試合後のミーティングは思っていた以上に長いものになった。
部員一人一人が今日の1,2試合、多くて4試合でここまで多くのことを考えていたのかと驚かされた。
また、それらの自己分析も、時間があったら僕から直接言おうかなと思っていたことばかりだった。
雑な試合をした部員は誰一人いなかったのだ。
3月末から始まる本練習でも一人一人がこの日に口にしたことを念頭に置いて稽古に臨むことができれば、今回辛くも勝つことができなかった相手にも、次は必ず勝つことができる。そう感じた。
また、それと同時にそうした部員の考えを無駄にしないよう考えた稽古のメニューを組まなければならないと思う。
これで3年連続ベスト16止まり。だが、同じベスト16でも年々高いレベルで試合ができていると思う。
主将として僕がチームを率いることができるのは残り5か月ほど。
その中で、今いる位置よりも一つでも上で勝負ができるよう、チームとしても成長しなければならないし、個人としても勝ちとして計算されるような存在にならなければならない。
部員それぞれが自分を客観的に捉え、現状を理解した点や、部員のモチベーションを高めるという意味でも今回の大会は非常に大きな意味を持っていたと思う。


最後になりますが、主管の自治医科大学の皆さん本当にお疲れさまでした。
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