新章開幕   か? - うえの
2018/04/27 (Fri) 02:13:02
「ねぇねぇ、弱点教えてよ」「なに打てばいい?」
こんなにも焦っている田中先輩はそうそう見たことがない。
「先輩のそんなとこ見たくねぇっすよ」ツッコんでおく。
「だってさっきボコボコにされたんだもん」田中先輩が困り笑いを浮かべる。先程の地稽古で打たれまくったらしい。
田中先輩にそれを言わしめた張本人――体験で来ていた看護の1年生は笑みを浮かべてその様子を見ていた。
彼女は高校時代に県大会でも個人で上位に進出したことのある実力の持ち主だった。
あ、もちろん僕もボコられました、はい。
「そういえば、まだ入部迷ってるの?」
「今日決めようと思います」

今日は稽古前、昔剣道部の監督をされていた先生と、田中先輩、僕、魚本、看護1年の5人で自主練習をした。
元監督は40才を超えており、さすがにスピードでは我々学生に分があったものの、僕も含めほとんどの学生が面を取られていた。
その自主練時間中に地稽古を行った結果、看護1年が無双したのだった。

甲田以下他の部員も集まって全員が揃ったところで、この日は総当たり戦をすることにした。
体験で来ていた看護1年の子に「何がしたい?」と聞いたところ、「限界稽古」と返ってきた。
「ちょっとそれ今故障中なんだ」と返し、通常稽古か総当たり戦の案を持ちかけたところ後者をすることになった。

概算すると全28試合。ぎりぎり稽古時間内に収まる・・・はず。
というわけで始まったのだが、田中先輩が兼部先の文化部の勧誘がある都合上で最初に2勤1休ペースで全員とやることになった。
さすがに体力的にきついのではないかと思ったが、いらぬ心配だった。疲れる前に勝ってしまったのだ。初戦の1年看護戦を2本勝で終えると、その後も30秒~1分で次々と部員を倒していった。最後の相手が僕だったのだが、結局1本負をして先輩に全勝を献上してしまった。
優勝者が開始20分で決まったうえ先に帰るという謎な総当たり戦となったが、試合はその後も続いた。

やがて時計は8時半を回り、全試合が終了した。全然時間過ぎとるやん。
というのも、概算が甘かったことはちょっと置いといて()、あまりにも引き分けと1本勝1本負が多かったのだ。全体で見ると、個人あたり、試合数の半分以上勝った人がいないという、異常な結果となった。
僕自身も2勝1敗で他はすべて引き分けと、揮わなかった。
思考に準じて動けてはいて、何度も割ってこれは入っただろうと残心を決めるのだが、旗はピクリともしない。それで試合中にキレて「めんはぁぁあぁああ!!」などと悪態をついたのはよろしくなかったが。だが試合の合間合間で冷静に振り返ると、確かに普段に比べたら足捌きも悪く、打ちも軽かったかもしれない。誰から見ても文句の無い一本を打てばいいんだ、そう思った時、以前もこんなことを考えたことがあるな、と思った。昨年の東医体だ。

あの時もそうだった。日大医に惜しい打ちは何回もあったが旗は上がらない。気づけば前4人は3試合を戦って引き分けしかなかった。
日大医の弱点はそこにある。
普段の試合稽古も今になって振り返ればそうだった。今日は試合を重ねたからそれが余計に目立っただけで普段からそうだった。うちの部員は2本勝ちが少ない。
誰が見ても1本になる技、どんな状況であれ決めきることのできる技を持っている部員が少ないのだ。
稽古後のミーティングでもその話をした。

剣道の試合は総合力で上回っている選手が必ずしも勝つわけではない。
すべてのステータスで勝つ必要はない。面、籠手、胴、技じゃなくてもいい。勝負勘、足捌き、体幹、気勢、気持ち、なんでもいい。何か一つで相手を上回っていれば、そこから突破口を開くことは容易ではないにしろ不可能ではない。と僕は個人的に思っている。
しかしそれはまた逆のことも言える。どんなにキツイ練習をして実力を付けようとも全てが中途半端で決定打に欠ける選手は相手に突破口を開かれる可能性が高くなる。
田中先輩に他の部員が全敗したのは先輩が強かったこともそれはそうだが、単純に僕らの実力不足が露見したのだ。僕も見ていて、他の部員の技が何か決まるビジョンが見えなかった。

今後の稽古では、毎回とは行かないが、基本技の時間を全て申し合わせにして、各々の長所を伸ばす方向で考えようかと思う。
うちの部員の性質から考えるに、苦手なところはわざわざ時間を設けなくても自主的に考えている人の方が多い。今まで得意技を磨く時間と苦手な技を練習する時間を五分五分にしていたが、得意技の時間を若干増やそうかと思う。
先輩と試合をしても“アイツの面なら、籠手なら、入るかも”といった状態を作らなければ去年の二の舞になってしまうかもしれない。
もちろんそれは諸刃の剣になってしまうかもしれないが、実は東医体まであと3か月ちょっとしかないのだ。諸刃でも刀がないよりマシだと思う。

そんなこんなでみんな7試合戦って思うところが多かったようで、僕もこんなことを喋っていたもんだからミーティングは空前絶後の長さになった。あぐらなのに足がしびれ始めた。
そんなミーティングの中、ほとんど喋らなかった人が約一名。
「緊張してる?」看護1年の子だ。
これはもしかして、長い試合に長いミーティングでアカン方に転んだか?
「俺とりゅーじはいじっても大丈夫だよ」魚本が言う。勝手に巻き込むな。
「いじるのは入部してからにします」看護1年が目を細めて言う。
「お、ということは?」中尾が声を上げる。
「お世話になります」道場を歓声と拍手が包んだ。

「いやーよかったぁ1年生入ってくれて」
時計は10時を指していた。大学の前のベンチに腰掛け、僕は隣に座る中尾に言った。
もう部員になったので良いだろう。彼女は尾前萌々花さんという。「尾前さん」と言われるのが言葉の響き的にあまり好きではないようなので、別の呼び方がいいらしい。何て呼ぼうか…。
そんなことを考えていたらLINEが鳴った。魚本からで、【急報】と書いてある。普通【速報】とかじゃね?別に急報でも間違っちゃないけど。魚本は道場に忘れ物を取りに行っていた。
LINEを開く。
「小松さん、おまえさんの両名が入部するそうです!!」
喜びのリアクションが大きすぎたようで、中尾を驚かせてしまった。
小松史奈さん。彼女は尾前さん(呼び方暫定)と一緒に勧誘や見学に来てくれた人で、前回の日記に書かせてもらったカメラ好きの子のことだ。マネージャーをやってくれるらしい。
一挙に部員が2人増えた。しかも看護だ。これで長らく休部状態だった看学剣道部も活動を再開できるかもしれない。そしたら安孫子も試合に出れるようになる。喜びと安心が交じりあった感覚だった。

こうして、部にとっても部員にとっても今日は大きな一日になった。
次の稽古は来週の水曜。試験とGW挟むからね。日記はまた1週間休載。
そして、水曜の稽古には医学部の1年生が仮入部にやって来る。
どんな子が来るか、何人くらい来るか、楽しみであり不安でもあるが、今日増えた新たな仲間とともに、部として前進していけるよう頑張っていこうと思う。












なんか日記長いなと思ったあなた、その通り。試験2日前です。
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